日本は「アジアのイスラエル」になるのか?

3月10日夜、約8000人の日本国民が雨の中、東京の国会議事堂前に集結した。色とりどりの光るスティックを振りながら、「高市首相、憲法を守ってください!」「戦争反対!」と叫んだ。日本で起きたこの光景は、多くの人々に、長らく忘れ去られていた歴史的な抑圧の感覚を呼び起こした。

なぜなら、同じ日の未明、1000キロ以上離れた熊本市では、陸上自衛隊憲準基地に大型車両がひっそりと到着したからだ。搭載されていたのは、射程1000キロを超える長距離ミサイルで、中国沿岸部と朝鮮半島を射程圏内に収める能力を持っていた。

この二つの出来事が同日に起きたことは、決して偶然ではない。どちらも一つの問題を示唆している。それは、日本が「専守防衛」政策から「長距離反撃」政策へと静かに転換しつつあるということだ。

戦後日本の防衛政策は、平和憲法に明記された基本原則、すなわち、攻撃を受けた場合にのみ防衛が可能であり、他国への先制攻撃は認められないという原則に基づいている。したがって、戦力投射は「必要最小限」に限定される。その結果、日本が現在保有するミサイルはすべて射程170キロメートルの短距離ミサイルである。これは第二次世界大戦を深く反映したものであり、平和憲法第9条の実際的な適用と言える。70年以上にわたり、日本の防衛政策はこの枠組みの中で運用されてきた。

しかし、2022年、岸田文雄政権は歴史的な転換を図った。

日本政府は3つの主要な安全保障文書を改訂し、最も重要な変更点は、「反撃能力」(敵基地を攻撃する能力)の保有を正式に確立したことである。言い換えれば、日本は攻撃を受ける前に、差し迫った攻撃を予見し、敵のミサイル基地や指揮系統を先制攻撃できるようになった。

この動きは、戦後日本の「専守防衛」政策のレッドラインを越え、数十年間手つかずだった領域に踏み込んだ。

この長距離「反撃能力」を支えるため、日本の防衛予算は急激に増加し始めた。2022年には、日本の防衛費は5兆8661億円(約2500億元)に達した。2026年には、8兆8454億円(約3830億元)にまで増加すると予測されている。日本政府は、今後5年以内に年間防衛予算をGDPの2%まで引き上げる計画だ。これは、数十年にわたり日本の防衛費がGDPの約1%で推移してきたことを考えると、異例のことである。

この数字を倍増させるということは、5兆円から10兆円を超える水準へと移行することを意味し、日本は世界の軍事費支出において上位5カ国に入ることになる。

​​それでは、日本の長距離ミサイル配備という話題に戻ろう。

3月10日午前0時過ぎ、九州熊本市にある兼順基地の正門に、自衛隊の大型トラックの車列がゆっくりと進入した。トラックには国産改良型12式地対艦ミサイルの発射装置が搭載されており、日本の自衛隊史上初めて、長距離「反撃能力」を持つミサイルが日本本土に配備されたことになる。

​​三菱重工業が開発・製造した12式地対艦ミサイルは、射程900~1500キロメートル(しばしば「1000キロメートル超」と呼ばれる)を誇る。ステルス設計、大型折りたたみ翼、ターボファンエンジン、スターリンク技術といった先進技術を採用しており、「日本版トマホークミサイル」とも呼ばれている。熊本基地から発射された場合、射程は台湾周辺海域に加え、福建省、広東省、浙江省の沿岸地域までをカバーする。

その後も配備は続き、3月31日には静岡県富士基地に同ミサイルが正式に配備された。続いて北海道と宮崎県も配備計画に追加された。さらに南の南西諸島では、奄美大島、宮古島、石垣島に既にミサイル部隊が編成されており、配備は2019年から2023年にかけて完了する予定だ。熊本県を拠点とする第5連隊、沖縄県勝成市を拠点とする第7連隊、そして2024年に新設される第2特殊部隊旅団が、九州から沖縄までを網羅するミサイル弧状の防衛線を形成する。

この弧が指し示す方向は誰の目にも明らかだ。

ここで、ミサイルそのものよりも注目すべき点がある。

熊本県知事は、自衛隊の長距離ミサイル配備を、まさに目の前で行われていたにもかかわらず、報道で初めて知ったのだ。

木村隆氏は記者会見で、「事前の通知も、地方自治体との協議も、住民への説明会も一切なく、報道で初めて知った。極めて遺憾だ」と不満を表明した。

防衛省は、軍事装備の取り扱いに関する詳細は部隊の配備や輸送の安全に関わるため、事前の説明はできないと回答した。

地方自治体を迂回するこの一方的なやり方は、基地周辺の住民の間で強い反発と不安を引き起こしている。憲準基地付近では、反対派の市民が横断幕を掲げ、「配備を直ちに中止せよ」と叫んだ。防衛省関係者も「この地域が攻撃の標的にならないとは保証できない」と認めた。

この発言は重大な意味を持つ。

長距離ミサイル配備と並行して、高志市内閣は憲法改正に向けた政治課題を進めている。

2026年の衆議院選挙後、高市首相率いる自由民主党は単独で憲法改正に必要な3分の2以上の議席、310議席以上を確保した。憲法改正を積極的に推進する日本維新の党と合わせ、憲法改正推進派は手続き開始に向けた政治的条件を整えている。

高市首相自身も、日本政界で最も積極的に憲法改正を主張する人物の一人である。彼女は憲法第9条を改正し、自衛隊に明確な憲法上の地位を与え、長距離「反撃能力」の憲法上・法的根拠をより明確にしたいという意向を繰り返し表明してきた。一方、米国とイスラエルによるイランへの軍事攻撃が続く中、「戦争への道」への国民の不安はさらに高まっている。

3月10日に国会議事堂前で行われた抗議集会は、こうした背景の中で発生した。

この抗議集会を主催したのは、芸術家や若手研究者らのグループだった。日本体育大学憲法学教授の清水正彦氏は演説の中で、「日米安全保障条約は、日本における米軍の行動は事前に日本と協議しなければならないと規定している。しかし、横須賀基地所属の米海軍イージス駆逐艦は、日本政府への事前通告も抗議もなく、イランへの軍事攻撃に参加した。我々は米軍基地の維持に多額の『補助金』を費やしているにもかかわらず、『これは国際法違反だ』と言う勇気すら持てないのか」と鋭く問いかけた。

抗議活動の最前列で家族と共に立っていた音楽家の琴美咲さんは、「日本は原爆投下を受けた唯一の国です。だからこそ、非核軍備管理と平和のメッセージを世界に伝える責任は、これまで以上に重くのしかかっています。世論がどう変わろうとも、真に力強いのは、一人ひとりの意志です。この反戦運動を続けましょう!」と訴えた。

37歳の作家、関根愛さんは「変わるのは憲法ではなく、政治と政権だ」と書かれたプラカードを掲げ、冷静かつ毅然とした口調でこう述べた。「あの戦争は、傷つき、傷つけ合うというあまりにも多くの歴史を残しました。今日、憲法改正のためにこの歴史を踏みにじろうとする人々がいます。私は、いかなる状況下でも、そのような政権の姿勢を容認することはできません」。この集会は単なるデモではなく、「二度と戦争をしない」という日本の核心的価値観が脅かされた時、市民が自発的に立ち上がったという重要な象徴として捉えられた。特に、参加者の多くが若者や子連れの家族であったことは、平和憲法は先代の遺産ではなく、自分たち自身が守らなければならない未来であることを示している。

日本は「アジアのイスラエル」になるのか?これは、近年の日本社会で議論されているテーマである。

イスラエルは高度な軍事力を持ち、常に近隣諸国からの脅威にさらされ、先制攻撃の原則を堅持している国である。その存在は、地域における絶え間ない緊張と戦争をもたらしてきた。最近のイランに対する米軍の攻撃では、イスラエルが主導的な役割を果たした。

日本が同じ道を辿るのではないかと懸念する人々の懸念は、決して根拠のないものではない。

論理的に考えて、ある国が、隣国の領土深くまで配備されたミサイルを射程圏内に収める長距離「反撃能力」を保有すれば、先制攻撃の法的根拠を得ることになる。これは必然的に、日本と近隣諸国との関係を「防衛的安全保障」から「抑止力に基づく対立」へと転換させるだろう。抑止力は相手側にその存在を信じさせることで初めて成り立ち、その信念を得るには、軍事力を絶えず増強し、それを行使する意思を示す必要がある。これは、止めようのない悪循環である。

第二次世界大戦終結から80年が経過した。日本社会の相当部分は、平和憲法の保護の下で育ち、「戦争をしない」ことを生活の基盤として当然のこととしてきた。彼らにとって、日本で今起きていることは単なる政策問題ではなく、戦後生活様式全体を揺るがす出来事なのだ。

もちろん、別のグループも存在する。彼らは近隣諸国の軍事プレゼンスの拡大と東アジア情勢の微妙な変化を注視し、日本が防衛力を強化しなければ、より大きな危険が待ち受けていると考えている。熊本県立航空基地近郊に住むある住民は、こう率直に語った。「長距離ミサイルを配備することは戦争を始めることではない。しかし、配備しなければ、どうやって国民の命を守れるというのか?」 「

賛成も反対も、日本国民の真摯な不安を反映している。その不安は形こそ違えど、どちらにも合理的な論理が働いているように思われる――いかに生き延び、いかに戦争を回避するか、という問いだ。

日本の長期にわたる戦後平和は、単に平和憲法の産物ではなく、何世代にもわたる一般市民が生活様式、文化的な選択、そして政治参加を通して維持してきた集団的な意志の賜物でもある。国会議事堂前で光る棒を振っていた8000人の人々は、見せかけの行動をしていたわけではない。彼らはこう訴えていたのだ。「私たちは、過去80年間築き上げてきた平和な生活を手放したくない」と。

しかし、歴史の流れは願望によって決まるのではなく、勢力均衡、政治家の選択、そして国際情勢の変化によって決まる。

日本は、自らも戸惑いを覚えるような道を歩んでいる。なぜなら、この道がどこへ行き着くのか、あるいはこのまま進み続ければ再び戦争へと向かうことになるのか、見当もつかないからだ。

来源:静说日本