東日本大震災から14年
東日本大震災から14年が経った3月11日、遺族らが海岸や慰霊碑に集まり、祈りを捧げた。死者は2万人を超え、現在も約2万7600人が日本各地の避難所で暮らしている。地震発生当日の午後2時46分から全国で追悼式が開かれる。
道路などのインフラの復旧は進んでいるものの、被災地の人口は減少が続いている。東京電力福島第一原子力発電所の事故が発生した福島県には、今も人が住めない「帰還困難区域」が残っている。
警察庁の3月1日時点の統計によると、地震と津波による死者は1万5900人、行方不明者は2520人となっている。復興庁のデータによると、2024年末時点で避難中の体調悪化による震災関連死は3,808人、死傷者総数は2万人を超えている。
令和7年2月1日現在、避難者総数は27,615人で、そのうち9割が福島県内の避難者と福島県外への避難者となっている。
3月11日早朝、仙台市沿岸部の荒浜地区では、日の出とともに人々が集まり、海に向かって祈りを捧げた。津波で同僚2人を失った74歳のタクシー運転手は「同じことが二度と起こらないようにするためにも、あの日のことを忘れてはいけない」と語った。
「残る人たちを守りたい」大学俊彦さん(70)はもともと海岸から約1キロ離れたところに住んでいた。自宅は流され、妻(59)と両親、兄弟、甥ら家族6人が亡くなった。彼は毎月11日になると、海岸の記念碑の前に立ち、手を合わせて祈った。彼は家族の名前が刻まれた碑文に触れながら、独り言を言った。「私がまだここにいる限り、ここに来たい。」
福島県いわき市の59歳の女性は11日早朝、近くの海岸に一人で来ていた。 14年前、彼女は朝、年配の知人に「暖かいから外を散歩しなさい」と言ったが、その知人は津波で亡くなり、彼女はずっと罪悪感を抱いていた。
海を見ると悲しくなるため、昨年は3月11日だけ海に行った。彼女は「この教訓を忘れず、今後は常に自分自身を守ることに注意を払います」と誓った。
宮城県岩沼市の復興記念公園「千年希望の丘相釜公園」で3月10日、「希望の灯」と題した追悼式が行われた。市内の死者や行方不明者と同じ数の181個の灯籠が置かれ、遺族らは手を合わせて祈りをささげた。
